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鉄道ひろばに、子どもたちの夢をはぐくみ、科学教育の一層の振興を図るため、かつてお召列車に連結されていた供奉車を展示しています。過去の鉄道文化について理解を深めて頂きたいと思います。
【 供奉車とは 】
天皇陛下や外国からの国賓など特別な方がご乗車するために仕立てられた通常ダイヤに組み入れられていない臨時列車のことをお召列車と言います。お召列車は5両程度の客車と機関車で編成されていましたが、天皇陛下が乗る車両を御料車、その随伴者が乗る車両を供奉車といいました。供奉車344号は、1932(昭和7)年に製造されました。昭和時代のお召列車の2号編成によく連結されていました。2号編成は、当時皇太子だった昭仁上皇がお乗りになるお召列車によく編成されていました。1959(昭和34)年4月には、皇太子殿下のご成婚を伊勢神宮へ奉告する際に仕立てられたお召列車に使用された記録もあります。
【 供奉車344号 】
330号供奉車は回転椅子と簡単な食事を作れるようになっていたという記録がありますが、344号もこれと同じ構造になっています。また、他の供奉車の内装は内羽目化粧板には、腰板にくるみまさ目鋸びき寄せ木ベニヤ板、上部鏡板には、くるみ板目ベニヤ板を用い床にはじゅうたんを敷いていました。344号も凝ったベニヤ板の内装になっています。車体中央に書かれている車両番号は金文字でした。
【 お召列車の歴史 】
昭和の時代までは、皇族の成婚や葬儀の際や戦勝祈願・報告などで伊勢神宮や橿原神宮へのご参拝する際や国体・植樹祭などの行事で天皇陛下が地方へお出かけになる際に、お召列車がよく仕立てられていました。しかし、平成以降になると天皇陛下も一般の方が乗る列車で地方へ赴かれることが多くなり、現在ではお召列車が運行されることはほとんどなくなりました。
【 御料車 】
天皇陛下がご乗車になった御料車は、埼玉県さいたま市にある鉄道博物館や愛知県犬山市にある博物館明治村に保存されています。その中で最も古い車両は、1876(明治9)年に神戸工場で製造され、1877(明治10)年に神戸―京都間の鉄道開業式の際に使用された1号御料車です。アーチ型屋根の木造2軸車で、側板は1枚張りのペンキ塗りで中央に菊の御紋章、その両側に竜の模様を金粉で描いてある。軒回りの四周には菊の唐草模様の彫刻があり、上部にはきり葉の模様が画かれている。天皇陛下が居る部屋を御座所と言いますが、その壁面は、すべて淡ネズミ色の絹張りで、間柱には縦長の鏡が取り付けられています。このように当時の美術工芸の粋が詰まっており、重要文化財に指定されています。
【 お召列車の運転 】
お召列車の牽引に使用する機関車の機関士は東京機関区、田町電車区の場合には担当者が決められていました。地方の線区では、その時に応じて技術・人格とも最高の人が選ばれ光栄ある任務につきました。お召列車の運転で一番むずかしいのは、定時運転・揺れのない運転を行い、停止位置を正しく保つことです。特急や急行並のスピードで走るが、出発時・停止時には少しのショックも感じられないようにします。ご出発・ご到着の際、陛下は必ずお立ちになって、奉送迎の人々に答礼されるので、絶対にショックは許されず、いつ走り出したか、わからないようにスムーズに発車させなければなりませんでした。また、陛下がお降りになる駅のプラットホームには赤じゅうたんが敷かれているので、御料車の出入り口とピタリと合わせなければなりませんでした。
機関車も特定の機関車がお召列車をけん引するように選ばれている場合もあり、C51 239号は104回もその任務にあたりました。同機は、京都鉄道博物館で静態保存されています。
お召列車百年(1973) 星山一男(鉄道図書刊行会)
文 学芸員 藤本雅